大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成11年(ワ)15951号 判決

原告 有限会社ティ・エイッチ・ティ・リミテッド

右代表者代表取締役 鳥海由利子

右訴訟代理人弁護士 渡瀬正員

被告 大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 瀬下明

右訴訟代理人弁護士 坂東司朗

同 池田紳

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇三万四五〇〇円及びこれに対する平成一一年七月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同じ。

第二事案の概要

一(争いのない事実及び証拠上明らかな事実)

1  原告は、コンピュータ及びその部品の輸出入並びに販売等を業とする有限会社であり、被告は、損害保険事業を営む株式会社であり、全国に多数の支店等を有する大規模な会社である。

2  原告は、平成一〇年一二月ころ、訴外株式会社エス・イー・シー(以下「エス・イー・シー」という。)に対し、大同生命用タッチパネルT-三〇〇〇Dを四〇八四セット販売し、売買代金債権合計二五七二万五〇〇〇円を取得した。エス・イー・シーは、右売買代金債務を順次弁済し、平成一一年三月三一日で、一〇七一万〇三〇四円が未払となっていた。

3  一方、エス・イー・シーは、平成一一年三月ころ、被告から、日商団体システムの詳細設計及びプログラムの開発を依頼され、同年四月ころ、被告に対し、三〇三万四五〇〇円の委託料債権を取得した。

4  エス・イー・シーは、前記2記載の未払代金債務の支払の一部として、原告に対し、エス・イー・シーの被告に対する右委託料債権(以下「本件譲渡債権」という。)を譲渡した(以下「本件債権譲渡契約」という)。

5  エス・イー・シーは、被告に対し、平成一一年五月二〇日付け内容証明郵便により右債権譲渡を通知し(以下「本件譲渡通知」という。)、本件譲渡通知は、同月二一日、被告に到達した。

6  被告は、本件譲渡債権について、同月二一日、担当部門からの要請により被告取引銀行に対し、エス・イー・シーに対する振込依頼をし、同月二四日、振込送金によりエス・イー・シーに入金された。

二(争点)

被告は、以下のとおり主張する。

1(債権譲渡契約の無効)

原告とエス・イー・シー間の債権譲渡契約書には、債権譲渡の原因が記載されていないし、エス・イー・シーの住所が、正しくは「神田神保町」であるのに、「神保町」と誤って記載されている。これらに照らすと、本件債権譲渡契約はエス・イー・シーの意思に基づくものとは認められず、無効である。

2(債権譲渡禁止特約)

被告とエス・イー・シーとの基本契約一六条には、基本契約に基づく権利・業務の全部又は一部を文書による被告の許可なしに、他に移転し、あるいは、下請けさせてはならない旨規定されている。この規定によれば、本件譲渡債権は譲渡禁止特約が付されたものと認められる。原告は、債権譲渡の際、右基本契約を調査したはずであるから、譲渡禁止特約を知って譲り受けたものと認められる。また、仮に、右基本契約を調査しなかったとすれば、譲渡禁止特約を知らなかったことについて重大な過失がある。以上によれば、本件債権譲渡契約は無効である。

3(譲渡通知の無効)

本件譲渡通知には、エス・イー・シーの住所が、正しくは「神田神保町」であるのに、「神保町」と誤って記載されているなど、エス・イー・シーによる通知とは考えられない点があるから、エス・イー・シーの意思に基づく通知とは認められず、無効である。

4(債権の準占有者への弁済)

仮に、本件債権譲渡契約が有効であり、被告に対する対抗要件が具備されているとしても、以下の事情に照らすと、被告は、エス・イー・シーが債権者であると信じてこれに弁済したものであり、かつ、右のとおり信じるについて過失がない。

(一)  被告とエス・イー・シーとの取引関係は被告システム開発部部長がその権限に基づき契約を締結したもので、被告システム開発部及び管理部が所管し、被告本社は直接関与していなかった。ただし、委託料の支払いについては、被告システム管理部が、被告本社経理部に依頼し、経理部がその依頼に基づいて取引銀行に振込依頼をし、エス・イー・シーに対し振込送金されていた。

(二)  本件譲渡債権については、平成一一年五月一九日、被告システム管理部から被告本社経理部に支払が依頼され、被告経理部では、前記のとおり、同月二一日午前一一時ころまでに、被告取引銀行に対し、振込先をエス・イー・シーとし、振込日を同月二四日として振込依頼をした。被告が取引銀行に対して振込依頼の変更をすることは、同月二一日が金曜日であるため、同日午後三時までは可能であるものの、これを過ぎると極めて困難となる。

(三)  本件債権譲渡通知は、平成一一年五月二一日、被告に到達したが、被告代表取締役宛だったため、午後二時ころ、被告秘書室に配布され開封されたものの、担当部門の記載がなかったことから、各部門に問い合わせるなどし、同月二六日に至って担当部門が判明した。

第三争点に対する判断

一  本件債権譲渡契約及び本件譲渡通知の無効について

1  甲第六号証によれば、本件債権譲渡契約及び本件譲渡通知は、エス・イー・シーの意思に基づき作成されたものと認められる。

2  甲第四号証及び甲第五号証によれば、被告主張の記載の誤りが認められるが、これらは、単なる誤記の範囲にとどまり、本件債権譲渡契約及び本件譲渡通知の無効を来すものと認めることはできない。また、債権譲渡に際して、譲渡契約書及び譲渡通知書を譲受人が起草することはしばしば見られることであり、甲第六号証によれば、本件債権譲渡に際しても譲受人の代理人が起草したものと認められるから、右誤記をもって本件債権譲渡契約及び本件譲渡通知が債権者エス・イー・シーの意思に基づくものでなく無効なものであると認めることはできない。

二  譲渡禁止特約について

1  被告とエス・イー・シーとの基本契約一六条には、エス・イー・シーは、「この契約に基づく権利・業務の全部または一部を文書による被告の許可なしに、他に移転し、あるいは下請けさせてはならない」旨規定されている(乙第一号証、乙第五号証の一から三まで)。右規定は、被告も自認するとおり、被告の業務上の秘密を保護するための規定であると解されるところ、右基本契約書には、契約に関連して知り得た知識、機密事項を第三者に漏洩し、公開することを禁じ、プログラムなどの成果や資料の発表を禁止する規定があるものの、委託契約の存在、委託料の額等について秘密として保護すべき旨を定めた規定はない。

さらに、基本契約六条は、「委託料は個別契約ごとに定めるものとする」と規定し、同八条には、被告はエス・イー・シーの「代金請求に応じ、原則として、個別契約に定める料金の支払方法に基づき、代金を支払うものとする」旨規定され、特段機密を保護する配慮は認められないし、本件譲渡債権自体も振込送金の方法でそれぞれの取引銀行を介して授受される扱いであったと認められる。

これらの事情に照らすと、被告とエス・イー・シーとの基本契約一六条の趣旨は、委託料債権については及ばないものと解される。

2  したがって、本件譲渡債権に譲渡禁止特約が付されていたとは認められないから、被告の主張は採用できない。

三  債権の準占有者への弁済について

1  以上によれば、本件債権譲渡契約及び本件譲渡通知は有効である。また、乙第一一号証によれば、被告に配達される郵便物は正午ころ配達され、本件譲渡通知も五月二一日正午ころ配達されたものと認められるところ、被告のエス・イー・シーに対する支払は前記のとおり、同月二四日、振込送金により入金されたのであるから、被告に対する対抗要件も具備されたものと認められる。

2  そこで、被告の債権の準占有者への弁済の主張について判断する。

(一) 被告は、被告のような大規模な会社にあっては、代表取締役宛の債権譲渡の通知が到達しても、現実に債権譲渡の事実を了知しうるのには時間を要し、本件においても、前記のとおり、五月二六日に至って、本件譲渡債権の担当部門が判明し債権譲渡の事実を了知し得たのであるから、被告のエス・イー・シーに対する弁済は債権の準占有者に対する弁済として有効であると主張する。

(二) 乙第四号証、第一一号証及び第一二号証によれば、以下の事実が認められる。

本件譲渡債権については、平成一一年五月一九日、被告システム管理部から被告本社経理部に支払が依頼され、被告経理部では、同月二一日午前一一時ころまでに、被告取引銀行に対し、振込先をエス・イー・シーとし、振込日を同月二四日として振込依頼をした。同日、被告経理部において振込依頼をした債務は一〇〇件ほどであった。

本件債権譲渡通知は、平成一一年五月二一日、被告に到達したが、被告代表取締役宛だったため、午後二時ころ、被告秘書室に配布され開封されたものの、担当部門の記載がなかったことから、各部門に問い合わせたり、損害保険の顧客名をコンピュータ検索するなどし、同月二六日に至って担当部門が判明した。

被告が取引銀行に対して振込依頼の変更をすることは、同月二一日が金曜日であるため、同日午後三時までは可能であるものの、これを過ぎると極めて困難となる。

(三) 債権の準占有者に対する弁済が有効とされるためには、弁済者が善意かつ無過失であることを要すると解されるところ、被告のような大規模な会社が債権譲渡の通知を受けたにもかかわらず従前の債権者に対して弁済をした場合にあっては、右善意・無過失とは、当該債務を管理し又はこれを支払う業務を担当する者が債権が譲渡されたことを知らず、かつ、知らないことがやむを得ないと認められる相当な理由があることをいい、また、本件のように振込送金による場合には、振込送金手続が完了したときのみならず、振込送金手続を撤回することができる時点でも、右の事実が認められることを要すると解すべきである。

そして、前記認定事実に照らすと、被告経理部では、平成一一年五月二一日午前一一時ころまでに、被告取引銀行に対し、振込先をエス・イー・シーとして振込依頼をしたのに対し、本件譲渡通知は、午後二時ころ、被告秘書室に配布され開封されたのであるから、右振込依頼の時点では、本件譲渡債権を支払う業務を担当する者が債権が譲渡されたことを知らず、かつ、知らないことがやむを得ないと認められる相当な理由が認められる。しかし、同日午後三時までは被告が取引銀行に対して振込依頼の変更をすることが可能であったのであり、同日、被告本社経理部において振込依頼をした債務は一〇〇件ほどであったのであるから、午後二時ころ、本件譲渡通知が被告秘書室に配布され開封された直後に本件譲渡債権の支払業務を担当する被告本社経理部に連絡すれば、本件譲渡債権が譲渡されたことを知ることができたと認められる。そして、被告のような大規模な会社が債権譲渡の通知を受けた場合、支払担当部署に直ちにこれを伝達して支払を差止める義務があるというべきであるから、振込送金手続を撤回することができた午後三時の時点においては、本件譲渡債権を支払う業務を担当する者が債権が譲渡されたことを知らないことがやむを得ないとは認められない。

なお、被告は、仮に被告本社経理部に連絡しても、本件譲渡債権の担当部門を確定し、支払の可否を問い合わせるには相当な時間を要する旨主張するが、有効な債権譲渡通知が到達している以上、エス・イー・シーに対する支払の許されないことは明らかであるから、右のような確認をする必要のないことは明らかである。

(四) 以上のとおりであるから、被告の債権の準占有者への弁済の主張は、被告に過失があると認められ、採用できない。

四  結語

以上によれば、原告の請求には理由がある。

(裁判官 伊東顕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!